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和歌山から大阪へ。久々の山歩きと巡礼を始めたきっかけの話とJRキャンペーンで新散華10/1登場(紀三井寺、粉河寺、施福寺)

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涼しくなってきたので、神社仏閣参拝を再開。
今回は大阪南部へ遠征するついでに和歌山市まで足を伸ばす。まずはいつもの紀三井寺へ。ロウズ鳴神店でドカ停してしまい、到着時間が予定よりも30分遅れ。


紀三井山 金剛宝寺(紀三井寺)

〒641-0012和歌山県和歌山市紀三井寺1201
℡073-444-1002
宗派 救世観音宗(総本山)
開基 為光上人
創建 宝亀元(770)年
本尊 十一面観世音菩薩
第一巡目    2007/11/29
先達第一巡目2008/ 6/14
先達第二巡目2009/ 7/25
先達第三巡目2010/ 1/23
先達第四順目2010/10/02

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秋の紅葉前は寺の参拝者も少なく、落ち着いた雰囲気があり、冬ともども神社仏閣参拝としては好適な時期。
施福寺の後に参拝すると長い階段で足がガクガクになるのだが、本日は朝一番なので、まだまだ元気。息を切らせながら登る若い参拝客を追い越して、リズムよく登る。階段登りはゆっくりでも良いから、立ち止まらずに、スイスイ登るとかえって疲れない。
参拝後、御朱印をいただき、いつものように、片男波の景色を写真に収めて、twitterでつぶやく。
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和歌山市~岩出市~紀の川市とスーパーマーケットに数店寄り道しながら粉河寺へ。
紀州徳川家の篤い庇護を受けた境内は本当に立派。しかも階段が少ないのが大変良い([E:good])。
風猛山  粉河寺
〒649-6531和歌山県紀の川市粉河2787
℡0736-73-4830
宗派 粉河観音宗(総本山
開基 大伴孔子古
創建 宝亀元(770)年
本尊千手千眼観世音菩薩
第一巡目   2007/11/28
先達第一巡目 2008/ 6/13
先達第二巡目 2009/ 7/25
先達第三巡目 2010/ 1/23
先達第四順目2010/10/02

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ちょうど紅葉の前の観光客閑散期なのだが、実は、西国巡礼ツアーは観光客が少ない時期に多く計画される。
観光バスの西国巡礼団体とぶつかるとそりゃあもう大変。ただし、一般のツアーと比べて西国巡礼のツアー客はお行儀がよい。
今回、粉河寺で一緒になったツアー客は比較的少人数のツアーだが、「権特任先達」とか「中特任先達」さんが随行している。「大先達」の名札をつけている人は時々みかけるが、これほどの先達階級が上の人が随行するツアーに初めて出会う。
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  粉河寺の後は、かつらぎ町経由のルートを久々に選択。二店ほど寄道して施福寺へ。
槙尾山 施福寺
〒594-1131大阪府和泉市槙尾山町136
℡0725-92-2332
宗派 天台宗
開基 行満上人
創建 欽明天皇時代(539~571)
本尊 十一面千手千眼観世音菩薩
第一巡目     2007/11/28
先達第一巡目 2008/ 6/13
先達第二巡目 2009/ 7/25
先達第三巡目 2010/ 1/23
先達第四順目2010/10/02
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気温は高いのだが、山の中は涼しい。約30分の登り。途中で汗が吹き出し、呼吸も苦しくなるが、我慢してゆっくりペースで登る。
最初に登った時は12月で快適な山歩きだった。途中で息を整えるために数回、立ち止まった程度。二回目以降は気温の高い時期に訪れることが多く、途中でバテて休憩時間をとったため、45分程度かかっていた。ここのところ、ペース配分を覚えたので、30分もかからず登れるように。やはり人生同様、マイペースが良いようで。
 上醍醐寺が焼失して麓で御朱印をいただけるようになってからは、施福寺が一番の難所。足の不自由な年配の女性を支えるようにして山を登る巡礼者に出会う。最後まで登りきれれば良いがと、この地で修行していた弘法大師に無事をお願いする。
この坂を登ると、亡父のことを思い出す。葬式を出した翌朝、一番可愛がられていた、当時高校生の甥が「昨日の晩、お祖父さんが夢に出てきて『一山(ひとやま)越えたから安心しろ』と言った」と話した。一山って何処だろう。その時は那智山かなあとか家族で話していたのだが、ずっと気になっていた。
父の田舎では亡くなると西国御詠歌を近所の人が集まって唱え、死者の冥福を祈る。
生前、仕事の多忙さを理由にして、弟ほど晩年の父に仕えなかった食彩賓館は、亡父に対して、何か後ろめたさを感じていた。そこで、弔いも兼ねて「一山」が何処かを確認したいと、西国巡礼を始めることに。(別の目的もあったのだが、それは以前、記した)
結局、約一ヶ月ほどで一巡したのだが、上醍醐寺の登りは若い頃、槍ヶ岳や奥穂高岳へハイキング登山をしていた食彩賓館でも相当バテる。とても「一山」という感じではない。施福寺の登りが「一山」という表現にピッタリではないか。しかも葬式の翌日は無くなってから4日目。西国四番霊場の施福寺のことではないかと、最初にこの槙尾山へ登った時に思ったのです。
それ以来、この槙尾山の坂を登るたびに、長く塵肺をわずらった父は死んだ後とはいえ、登るのが大変だったろうなあと。
だから余計にお年寄りが登っているのを見ると他人事ながら心配してしまうのです。
 
 参拝後はいつものように山道を駆け下りる。途中、粉河寺で見かけた西国ツアーの方々と坂道ですれ違う。さすがの特認大先達も坂道は苦しそうだった。それでもお歳の割にお元気な姿を見て、食彩賓館がその方と同年輩になった時に、この山を登れるかと心配になる。補助者になってくれることは期待しないけど、息子は絶対について来ないだろうなあ。娘は京都周辺を参拝した時に、妻は琵琶湖周辺を参拝した時に同行してくれたが、彼は蜂とか虫が大の苦手で山が嫌い(笑)

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 登りの苦しさがウソのように、あっという間に駐車場に到着。途中の沢でタオルを濡らし、駐車場で全身を拭く。シャツ・ズボンだけでなく、下着もすべて着替えて次の目的地へ向かう。何回も来ているとこういった着替えまで用意が必要なこともわかってくる。
最近は土曜日にしか来れないが、平日は実に静かな山。静寂という言葉がピッタリな槙尾山です。今でも、何処がで弘法大師が修行をされているのではないかという“気”を感じる。
「パワースポット」というような俗な表現が相応しくない聖地です。

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JR西日本の新キャンペーンが10/1より始まりました。また収集する楽しみが増えた。
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●過去の散華
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