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岩木山を眺め弘前市に向かって合掌礼拝。大鰐温泉スキー場,大鰐国際スキー場,あじゃら高原スキー場,青森ロイヤルホテル,青森ワイナリーホテル(青森県・岩手県・秋田県・宮城県2017年紅葉狩り遠征記)

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★2017年10月26日~10月28日東北紅葉周遊

八幡平(岩手県)2017/12/04
①-2東北自動車道花輪SA下り(秋田県鹿角市)
②-1青森ワイナリーホテル(青森県南津軽郡大鰐町)
②-2青森ワイナリーホテル周辺から岩木山と弘前市
②-3中野もみじ山(青森県黒石市)津軽の小嵐山
③-1八甲田山(青森市)-1城ケ倉大橋
③-2八甲田山(青森市)-2ロープウエイ
蔦沼(青森県十和田市)
奥入瀬渓流(青森県十和田市)
十和田湖(青森県十和田市)
⑥-2 発荷峠から十和田湖を望む(秋田県)
八幡平マウンテンホテル(岩手県八幡平市)
松川渓谷(岩手県八幡平市)
東北自動車道前沢SA
関山 中尊寺(岩手県西磐井郡)
平泉レストハウス(平泉町)
鳴子峡(宮城県大崎市)


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 家人同行時の遠征好例の朝の散歩。ホテル前の大鰐温泉スキー場ゲレンデをちょっとだけ散策。
紅葉シーズンなので雪もなく、天候も良いので足場も良い。すがすがしい気分で朝のゲレンド脇の小道を歩く。

大鰐温泉スキー場は1923年(大正12年)開業。FIS公認のコースを持ち、全日本選手権、国体、インカレ等、多数の大会が開催された日本有数の競技スキー場として有名。
バブル前の1981年にコース拡張に着手して「第二スキ―場(高原エリア)」が開発され、1987年以降の大鰐温泉リゾート化計画により1989年からは「大鰐国際スキー場(旧第一スキー場)」と「あじゃら高原スキー場(旧第二スキー場)」と名称変更しています。特にあじゃら高原スキー場の6人乗りゴンドラリフトは2,223㎡の距離で運行開始され、年間38万人のスキー客を動員したようです。

↓ 当時のゲレンデマップ

 ただ、バブル崩壊後には、大開発したリゾート施設は1996年に閉鎖され、2009年には「国際エリア」のみの営業となっています。

↓ マップ上部の「青森ロイヤルホテル」が現在の「青森ワイナリーホテルです」

 1980年代にスキー場へ毎週のように通っていた食彩品館.jpにとって東北のスキー場はいつか行きたい憧れのゲレンデでした。残念ながら北海道やスイス(ツェルマット)へ遠征したのを最後に、近隣の長野県(志賀高原・八方・栂池等)へ行くことが多くなり東北のスキー場は未体験のまま現在に至ります。

 

 さて、散歩の続き。
途中、高台から景色を眺める。
左手に岩木山(1,625㎡) ↓

右手に八甲田連峰 ↓

「東北に来たなあ」を実感する。

 岩木山方面の右側麓に弘前市が見える↓

 弘前市に知人が一人だけいました。「いた」というのは亡くなられたためだが、私には未だ亡くなったことが信じられないのです。

「知人」という表現が妥当なのかどうかはともかく、友人と言うほど近くもなく、当然恋人というような艶やかな関係でもない。
勤務先は知っていた。住んでいる場所は弘前市だということも知っていた。時々、私にもお手伝いすることができる頼まれごとをされ、それに応えるとリンゴやとうもろこしを送ってくれた。

2009/09/27めぇ きみ かねが?(嶽きびのこと)

お返しにこちらの商品を送ったが、送り先も送られ元も勤務している会社の住所だった。
昔、頻繁に交流していた業界周辺関係者の集まりで、数回、お会いしただけだが、当日はネットでほぼ毎日、交流していた。よって、お互いの日常は良く知っていた。
直接会う機会は少なかったものの、大阪、東京、名古屋、そして仙台といろいろな場所でお会いした。
最後にメールが送られてきたのは、戻ることのない闘病生活に入る直前、おそらく自分の病名を告知されていた頃だと思う。何気ない内容のメールだった。あの人らしく、自分のことは必要以上に説明しない。
「友人」であればいろいろな悩みも話してくれただろうか。
最後に送られてきた何気ない内容のメールの他に何か伝えたかったことがあったんじゃないだろうか。それが今でも気になっている。

 「知人」というよりは「隣人」という方がふさわしいかもしれません。物理的な隣通しではなく、ネットでつながった隣人。醤油が足りなくなったら「ちょっと貸して」で、お返しは実家で採れた果物や野菜。醤油レベル以上の頼まれごとはしない・されない関係でした。
年齢は私と同世代。以前、冗談で「姉御」と呼んだら否定しなかったので、もしかすると年上だったかも知れません。
それ以上知っていることはリンゴ農家の娘さんで、時々、収穫を手伝うと腰が痛くなること。ゲームが好きだったこと。アナウンスの名人だったこと。パンも焼いていたこと。雪の季節になったらスタッドレスタイヤを交換できたこと。素敵な文章表現能力を持っていたこと。待ち合わせ場所に遅刻してくること。懐の深い、ちょっとだけ乙女チックなかわいらしいところもあったこと。何より“人”として魅力的な女性だったこと。
物理的な「隣人」が亡くなったら葬式やお墓参りをしてもおかしくないが、ネットの隣人だった私ができることは弘前市を見渡せる場所から合唱礼拝することくらい。

 永六輔氏だったか「人は二度死ぬんだよ。一度目は肉体の死。二度目は皆の記憶から消えた時」。
まだあなたは私の中では死んでいません。
こうしてあなたに会いに来ました。あなたが名古屋まで会いに来てくれたように。
貴女がまだ弘前周辺にいるのなら私が見えているでしょうか。

 振り返ると家人が周囲の景色に見惚れていました。スイッチを観光モードに切り替えて八甲田方面へ向かう団体バスに乗車。

自宅に戻ってから、懐かしくなって昔の写真を探したら弘前の隣人が送ってくれたリンゴの画像が出てきました。箱にはその人の実家のリンゴ園の屋号が。
記憶は当分の間、消えそうにありません。

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青森ワイナリーホテル
青森県南津軽郡大鰐町大字島田字滝ノ沢100番9号
℡0172-48-2881

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