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おきん茶屋(三重県多気町)で祖父の伊勢講の話を思い出す

おきん茶屋
三重県多気郡多気町丹生4488-40
℡0598-49-2101 
営業時間  8:30~19:30
定休日 火曜日
・よもぎ餅、伊勢芋とろろうどん、そば
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今年、新築移転した「おきん茶屋」。世古美装店さんの味のある看板がナイスです。

 おきん茶屋は伊勢街道と熊野街道をわける地にあります。
かっては交通の要所であり、伊勢から、あるいは諸国から旅の途中で休むには好立地な場所。
20110923_8_2 移転前の店前に「左 さいごく」「右 よしの・こうや」と書かれた石柱が立つ。
関東から来た旅人は伊勢を経由して、西国巡礼、あるいは高野山・吉野巡礼、もしくは熊野三山巡礼へ向かう途中、この茶屋に立ち寄ったのでしょう。
 
 私の祖父の話。現在、86歳になる母の父親の話なので、明治から大正にかけての話です。
私の母と祖父、そしてその先祖は紀州の山奥にある「安羅井国(やすらいこく)」(仮称)」という地に住んでいました。その地は山奥で、土地も狭く、南国の地にありながら山間に位置するため、日照時間も短く、冬になると雪も降るような場所でした。
当時、そんな村人の楽しみの一つに「伊勢講」がありました。村人がお金を出し合い、くじ引きで当選した人が、その金を路銀にしてお伊勢参りをするのです。
 安羅井国から伊勢まではもちろん歩きです。通称伊勢街道をひたすら歩くわけですが、難所の峠がいくつかあり、あえぎながら山道を登り降りして、ようやく開けた土地に出た場所に、このおきん茶屋があるのです。
おきん茶屋を見た時の旅人の喜び。そしておきん餅の美味しさ。村人の代表としての伊勢講の苦労がこの茶屋で一気に吹き飛ぶ。そんな感じではなかったかと想像しています。

 おきん茶屋は、初代の経営者の「きん」さんが明治初年に開業し、私の祖父の代には「永井さん」に引き継がれていたようです。「きん」さんはいなくなっていましたが、「きん」さんの残した「おきん茶屋とおきん餅」は永井家に引き継がれました。
以降、大正~昭和、そして平成となっても「おきん餅」は、三重県民だけでなく、伊勢街道を通過する人々にとって「赤福餅」と並んで愛される伊勢の代表的な名物として残されたのです。

 以前、まだ伊勢自動車道や紀州自動車道がなかったころ、国道42号線通過時にちょくちょく寄っては、おきん餅を食べていました。思い入れがないと普通の良く出来たよもぎ餅の味。でも、母は本当に美味しそうに食べていました。おそらく祖父を思い出しながら食べていたのだと思います。

 久々に食べたくなったので店に入ると10個入りと20個入りの箱販売。
実家に戻る時ならともかく、我が家へ帰る時なので購入はあきらめることに。
私の若い頃同様に、子供たちは和菓子よりも洋菓子の方が良いのでしょう。10個購入すると余ってしまう。
忘れないうちに、子供たちにもおきん茶屋のことを話してあげないと。

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P.S.
お伊勢参りのタブーとして「ついで参り(何かの用事ついでに伊勢神宮にお参りすること)」を母から固く禁じられたのは、かっての伊勢講道中の安全祈願に理由があると聞いています。ついで参りをすると道中、必ず良くないことがあったと伝わっています。
本宮・内宮の「片参り」についてはまた別の理由のようですが。
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