大正生まれの母の「不幸の連鎖」。第四話。「術後せん妄」

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※この記事はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 

★この記事は第一話~第七話があります

2017/04/05第一話「事故。緊急搬送。大腿骨頸部骨折」
2017/04/06第二話「93歳の決心」
2017/04/07第三話「93歳の手術」
2017/04/10第四話「術後せん妄」
2017/04/11第五話「せん妄から回復」
2017/04/12第六話「リハビリと病院への宣言」
2017/08/03第七話「リハビリの結果と退院」

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第四話。「術後せん妄」

 前日、弟から初回リハビリの連絡を受け、さてこれからしっかりとリハビリをしてくれるかなと楽しみに病室を訪れました。
朝5時に出発したのですが、家人が茶粥を作って持たせてくれました。家人は茶粥のレシビを娘ともども母から伝授されています。ちなみに弟家族を含めて茶粥を食べるのは私と娘の二人だけ。
 高速道路を使っても片道3時間、距離は250km以上。通いなれた道とはいえ後期中年の体に応えます。
 病室に入ると母がいません。正確にはベッドがありません。リハビリは午後からだと聞いていたのでとりあえずナースステーションへ。

 母はICUに戻っていました。
夜間にしきりに何かが病室内にいると騒いで、尚且つ点滴の管を外したり、自分で立ち上がろうとベッドでもがいたりしていたという話です。
状況を把握できない私は母に来たことを伝えると、母は「さあ帰ろうか」と言い出します。自分が手術したことを忘れているようです。
落ち着かせようと持参の茶粥を出して勧めると大変喜ぶのですが、「もったいないから家に帰ってから食べる」と。
あれほど食べたがっていた茶粥を食べないということで事態の深刻さを知らされました。

 私が付き添っているので看護師さんがベッドを個室に戻してくれました。

 「拘束」の同意書にサインをする時は少し手が震えました。

 そこからずっと母の異常な言動や態度を見ることになります。
実は父が入院した時にも軽い「せん妄」にかかったことがあったので、そういった症状があることは知っていました。手術前に先生から「認知症を発症するケースもある」と説明を受けていたので特に認知症のきっかけになる「せん妄」には注意していて、手術前と後には弟が1週間・24時間病室に付き添っていたのに。リハビリも機嫌よく取り組み始めたばかりなのに。
 母は現実と幻覚の間を行ったりきたりしていました。私は何を言われても「そうか」「そうだね」と相槌をうつことしかできません。「(私には)見えないけどばあさんには見えるんだね」「でも大丈夫だよ」と繰り返し伝えます。
 朝の回診時に医者にそういった症状を伝えると、ひとつ対応方法を伝授されました。
「刺激を与えるのが一番」。
つまり自助努力と周囲の看護と見守りしかないということか。

 幻覚が続きます。狸の化け物、知らない人、海に浮かぶ魚の群れ。幻覚の他にも登場する人々と会話や挨拶を交わします。
特に家人が息子を連れて実家に戻ったという話しを繰り返し話します。
「心配しなくても家にいるよ」「(息子は)大学にいるよ。今、試験中だから帰れないよ」
家人と私の息子のことが気になるのかずっと動向を心配しています。
その度に説明するのですが「そうか」と納得してもすぐに同じ話を繰り返す。

 目の前であんなに賢かった母が壊れていく。
 辛い一日になりました。

 午後になってリハビリの時間になっが、迎えが来ない。病室で待っていると「検査です」とベッドをそのまま診察室に移動されました。その間、病室で待っているとリハビリの先生がやってきて「?」。
リハビリの時間を治療棟側が知らずに検査に連れて行ってしまったのでした。
リハビリを確認してから夜、仕事に戻る予定だったのですが、リハビリは後回しになったようで、帰るに帰れなくなる。
 病室に戻った母はなんとなく落ち着いたように見えたので看護師さんに確認してもらって、ICUに戻してもらいました。どうやら個室よりもICUの方が幻覚を見ないようで、本人に確認するが、自分はどこにいるのかわからないようでした。
これはリハビリどころではないなと思いながら仕事に戻りました。

 家に帰ってから家人に症状を伝えると憔悴しきった私の様子を見かねて、「そんなに私のことを心配しているなら私が行く」と言ってくれました。そして娘が「私も」と。

         (第五話に続く)

※この記事はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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